自由気ままにアンザイレン 

出会った景色や、普段感じた事を素直に綴っていきます。

赤穂浪士に思う事!これぞ忠臣!日本人の心に響く生き様

赤穂浪士

 

 

赤穂浪士について考えた経緯

 

昨日、職場で「47」、「47」と話題になっておりました。

 

なんだ?なんだ?なんなんだ???となったのですが、途中で戻ってたきもので会話の全容が掴めず、その時はよく分かりませんでした。

 

「なんだろ?工藤の背番号の話か?」

 

と思うも、なんだかシックリこない・・・。


ってか、「工藤の背番号って47だっけ?」と疑心暗鬼になってしまいました(笑)

 

も~だいぶ昔の話だからな~・・・

 

あの頃の工藤は、直球・変化球ともにキレキレな感じだったよな~!

 

と、シミジミしてしまったんですが、一度気になると止まらないのが私の良いところであり悪いところです。


色々と想像し、そして妄想し、さらに瞑想した結果、

 

「なんとか48の仲間か?それとも、なんとか坂の仲間か?」

 

ま~そんなところかな?と自分に言い聞かせ、その場は無事に終了となりました。

 

家にかえりネットを観ていると、目に留まる記事がありました!

 

 

「12月15日は赤穂浪士47人討ち入り日!」

 

なるほど~~!赤穂浪士の話をしてんだ~と、そのニュースに触れて合点がいきました!

 

赤穂浪士の事を詳しく知らない方にとっても、「忠臣」のイメージはすぐに湧くんじゃないかな~と思っております!

 

このニュースを観たことにより全てが繋がり、思わず

 

「このことか~!よ~やく分かったよ!!工藤の話でなくて良かった~にゃろめ~!!」と叫びそうでした(笑)

 

あと6時間くらい早く気づけば私も赤穂浪士の会話の仲間には入れたものの・・・

 

残念無念でございます・・・

 

日本人の心に響く生き様と赤穂浪士について

 

個人的に「日本の歴史」が大好きなもので、この「赤穂浪士」につきましても、関連書物やTV・映画等、読み漁った時期がございました。

 

大石内蔵助という赤穂藩の家老(お殿様より1つ位が低い身分で日本でいる首相のような存在)が、見方である自分の藩士にさえ詳細を伝えず、地道に主君の仇を撮る話になるのですが、討ち入りまでの苦労が、これまら凄まじく・・・。

 

とてもここで赤穂浪士の討ち入りについては書ききれないのですが、それでも、主君の仇を命をかけてとるところに、私は心に響いてしまいます。

 

も~この世に存在しない主君、生活の糧である藩が既にないにもかかわらず、命をかけて討ち入りを実行するのは、並大抵の事ではないでよね~

 

この「忠誠心」、「自己犠牲の精神」は、まさに今の日本では忘れ去られている部分ですよね。

 

悪役である吉良上野介について

 

それにしても、中々私も良い勘をしておりますよね~!!

 

え?なんで???

 

A●Bや、なんとか坂に対抗してチーム作れるじゃないですか!

 

???

 

赤穂浪士47人にちなんで、

 

「AKOH47」

 

ってなユニットを組んで、新年と覚悟をもって寒い江戸の街にデビューしたわけですからね!

 

 

逢いたかった~♪逢いたかった~♪逢いたかった~YES!・・・キラに~♪

 

 

そんな強い気持ちがこもった歌が、私の頭の中で永遠と流れてきました(笑)

 

え~・・・なんだか赤穂ファンに怒られてしまいそうな感じですが、色々と本等を読んでいると、悪役の「吉良上野介様」は、地元ではかなりの名君だったみたいですね。

 

教養にも優れ、文化人でもあった吉良上野介ですので、名君であるといわれても直ぐに納得してしまう私です。

 

地元の人間に愛された吉良上野介ですので、「アンチ赤穂浪士」の方が、吉良家の城下の人間にかなり多いと記憶しております。

 

今回の赤穂浪士による討ち入り事件のように、争いは争いを生むといいますが、チョッとしたことの積み重ねが大惨事になる良い教訓なんかな~ってこの事件の事を思ったりします。

 

誤解が誤解を生む事って多いですが、ソレを解消してくれるのが「コミュニケーション」なんだと思います。

 

赤穂家と吉良家で上手く話し合いが出きる場合があれば、また違った歴史になっていたのは容易に察することができますよね。


1つの争いが多くの人を巻き込む怖さを知ることができる出来事ですよね!

 

これを教訓に、独りで妄想にふけるばかりでなく、も~少し「会話」を大事にしないとな~と思わされた一日でした。

 

まとめ

 

遅くなってしまいましたが、お亡くなりになった吉良上野介様をはじめ、赤穂浪士の47人やその他諸々のご冥福をお祈りしたいです。

 

吉良上野介様を、必要以上に悪者のに仕立てている部分もあるみたいですが、実際はそれほど悪いお方ではなく、領民に慕われていたお殿さまでした。

 

 歴史というのは、「勝者」が色々と弄って本当のところ隠してしまうことが多いですが、この「赤穂浪士の討ち入り事件」については、完全に「赤穂藩」の大勝利になってますよね。

 

悪者になってしまい地元の方は悲しんでいるそうなので、赤穂浪士の方だけに肩入れせずに、公正な目を持って物事を判断する必要も大事ですよね!