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二宮金次郎とは!?何をして報徳二宮神社に祀られたのか!?駐車場・御朱印・カフェの詳細

二宮金次郎像

 

 

 

二宮金次郎とは!?報徳二宮神社へ出没!

 

小田原城の直ぐ隣に鎮座する「報徳二宮神社」へ出没してきました。

 

報徳二宮神社は、それほど大きな神社ではないものの、梅の木を始め、趣のある池やカフェなどもあり、とても清々しい空間になっております。

 

報徳二宮神社と聞いて直ぐに気付く方は素晴らしいと思いますが、こちらは、学校の銅像でお馴染みの、二宮金次郎(二宮尊徳)を御祭神とされている神社でございます。

 

そんな報徳二宮神社は、「学問の神様」として有名なのですが、やはり二宮金次郎の生涯を物語る部分が影響しております。

 

なぜ、二宮金次郎は、銅像となり、学問の神様になったのか!?ですが、まずは「二宮金次郎とは!?」について書いてみたいと思います。

 

二宮金次郎とは!?と聞かれても、中々答えに窮してしまうと思います。

 

二宮金次郎とは!?を語る上で重要なのは、やはり幼少期~青年期かな~と個人的には思っております。

 

二宮金次郎は、1787年に神奈川県小田原で生まれ、1856年栃木県今市で69歳でお亡くなりになっております。

 

元々裕福な農家に生まれたのですが、小田原市街を流れる「酒匂川」の度重なる氾濫によって、生活が困窮してしまいました。

 

農家ですので、作物の実りがなければ生活できなくなってしまいますが、あまりにも酒匂川の氾濫が頻発し、荒れた田畑の復旧による過労で両親が亡くなってしまいました。

 

生活に困り、所有していた土地を切り売りし、兄弟もばらばらになってしまったのですが、持ち前の努力と根性によって、仕事をしながらも学問を修めていきました。

 

朝から晩まで仕事・勉強をし、その努力が少しずつ実を結び、最終的には24歳の時に失った田畑を買い戻し、一家を再興した実績があったりします。

 

その後、勉強に励んだ努力が更に実を結び、小田原藩に召抱えられ、財政の再建や、疲弊した武士や旗本の生活も改善し、素晴らしい成果を収めるに至りました。

 

小田原藩が管轄する地域で大飢饉が発生した時も、きめ細きめ細かな対応をした結果、貧困にあえぐ農民たちを救った一面もあったりします。

 

二宮金次郎とは!?を間単に書きますと、

 

「一生懸命努力をし、人の為に働いた人物」

 

になるかな~と思います。

 

二宮金次郎は何をしたのか!?

 

上述してますとおり、二宮金次郎は、没落した自分の家を再興し、就職先である小田原藩の財政を再建し、武士や農民の生活を豊かにした人になります。

 

二宮金次郎と聞くと「学問」のイメージがありますが、経済の方にも精通してまして、中々面白政策を実行しております。

 

特に目立つ成果が「五常講」という、信用組合の前進になるような組織を始めた方になります。

 

この五常講は、武士やその使用人の間でお金の貸し借りが出きる組織になるのですが、今の世で言う「信用組合」、「信用金庫」のような金融機関に該当いたします。

 

まさに、日本発の「信用組合」を制度化し、実際に行った人物が二宮金次郎になります。

 

世界で初めて「信用組合」を組織したのはドイツといわれているのですが、二宮金次郎が始めた五常講は、その記録よりも40年ほど前に立ち上げていたと言われております。

 

この辺、記録の信憑性の問題になってしまうと思われますが、今後、明確な文献等が出てくれば、世界初の信用組合は、日本の小田原が発祥になる日が来るかも知れません。

 

何をしたのか!?ではありませんが、二宮金次郎は、戦前の国定教科書の「道徳」で、明治天皇に次いで2番目に多く載った人物にもあります。

 

戦争に負け、GHQによる戦前教育の破壊が始まると、その煽りを受けて、戦後の教科書では取り上げられなくなった自分でもあります。

 

憶測になりますが、日本人が美徳する「努力」、「我慢する」、「人の為につくす」等を色濃く繁栄していた人物が二宮金次郎ですので、そんな精神的支柱になりうる人物の存在が邪魔だったんではないかな~と思ってしまいます。

 

そんな影響もありまして、戦前に建てられた学校には、必ずと言ってよいほど二宮金次郎の銅像があったのですが、戦後、教育改革(改悪?)によって、新しい学校には建立されることは無くなった経緯があります。

 

昔(戦前)からある学校に入学すると、二宮金次郎の銅像があるものの、その人物は何をしたか!?どんな人間だったのか!?なぜ、薪を担いで本を読んでいるのか!?についての教育がされないというミスマッチが起きているのが現在の日本になります。

 

そんな二宮金次郎の扱いについて、私はとても疑問に思っております。

 

日本という国を造る上で必要な考え方、日本人のあるべき正しい姿を学べる貴重な人物であると感じております。

 

話が脱線気味ですが、尊敬できる二宮金次郎を祀る報徳神社の詳細に移らせていただきます!

 

 

二宮金次郎を御祭神とされている報徳二宮神社の場所と駐車場・アクセスについて

 

報徳二宮神社入口

 

 

こちらが二宮金次郎(二宮尊徳)を御祭神とされています報徳二宮神社周辺の地図になります!

 

地図の通り、小田原城の直ぐ近くに報徳二宮神社はあります。

 

報徳二宮神社の近くに報徳博物館があるのですが、名前が似ていて混乱することがあるのは私くらいですかね(笑)

 

 小田原市から少し離れた所に二宮町があるのですが、神社の名前だけを聞くと、そちらに鎮座してそうな感じがしますよね。

 

そんな報徳二宮神社のアクセスですが、一番簡単なのが車になると思います。

 

 

報徳二宮神社の駐車場

 

 こちらは報徳二宮神社の駐車場になるのですが、30分間で200円となっております。

 

20分までですと、駐車料金は無料になります。

 

報徳二宮神社は、それほど広くないので、参拝と御朱印をあわせても30分は掛からないかな~と思います。

 

また、小田原駅から歩いてアクセスすることも可能ですが、少し距離があるので、暑い時期はチョット辛いかもしれないです。

 

 

報徳二宮神社と境内の梅の花の様子について

 

梅の花が咲き乱れる尊徳二宮神社の境内

 

そんな感じで梅の花が咲き乱れる尊徳二宮神社の境内に突入したいと思います!

 

紅梅がとても綺麗で、一人でウットリ♡してしまいました。

 

 

二宮金次郎を祀る報徳二宮神社 

 

こちらが二宮金次郎を祀る報徳二宮神社でございます!

 

豪華絢爛な神社ではございませんが、それが二宮尊徳らしい感じがしてしまいました。

 

 

報徳二宮神社の境内

 

報徳二宮神社の境内の様子になります!

 

左の小さな小屋が手水舎になります。

 

こざっぱりしていて非常に清々しい空間でございます!

 

私が報徳二宮神社の境内をウロウロしていると、観光客?がモリモリ押し寄せてきて変な賑わいがありました。

 

 

梅の木

 

報徳二宮神社の境内は、梅の木がありまして、この時期になりますと綺麗なお花を咲かせてくれます♡

 

ついついキモイ感じに「ウフフフ♡」と叫んでしまいます(笑)

 

 

白梅

 

写真だとアレですが、白梅がとても綺麗で、ついつい「ウフフフ♡」と呟いてしまいます♡

 

 そんな姿を尊徳先生が見たら、きっと嘆き悲しむでしょうね~・・・。(苦笑)

 

 

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ピンク色の梅のお花もあって、頭の中までピンクに染まってきました。

 

 

ピンク色の梅のお花

 

いや~大粒で綺麗なお花でございます!

 

ついつい受粉したくなってしまいます♡(?)

 

 

小田原城の梅の花よりも綺麗

 

小田原城の梅の花よりも綺麗に見えるのは気のせいでしょうかね!?

 

青空なら梅の花も映えるのですが、今回は残念な曇り空でございます・・・。

 

報徳二宮神社の御朱印と料金(初穂料)について

 

報徳二宮神社の社務所御祈願受付所

 

こちらが報徳二宮神社の社務所(御祈願受付所)になります。

 

こちらで祈祷や御朱印を行ってもらえます。

 

御朱印の方は、17時までになってますので、遅い時間は受け付けてもらえません。

 

御朱印の料金(初穂料)は、値段の設定がされてなく、「お気持ちでお願いします」と言われます。

 

御朱印の相場?と書くと失礼に当たりますが、300円~500円前後の気持ちで良いのではないかな~と個人的には思います。

 

学問の神様として崇められている報徳二宮神社ですので、御朱印の人気が非常に高いそうです。

 

二宮金次郎の勤勉さを見習う意味においても、御朱印をいただきたい方が多いのかもしれませんよね。

 

 

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御朱印をいただけるところの隣は日本庭園になってまして、なんだか落ち着く空間になっております。

 

 

二宮尊徳翁

 

 二宮金次郎こと、二宮尊徳翁が祀られています。

 

二宮金次郎といえば、やはりこの銅像ですよね!

 

見覚えのある、懐かしい像でございます。

 

報徳二宮神社の二宮金次郎像が、本家・本流ですので、1度は見てみたいものですよね!

 

 

報徳二宮神社創建は明治27年(1894年)

 

いや~報徳二宮神社にも春が来ましたね~!

 

報徳二宮神社の創建は明治27年(1894年)になるそうです。

 

歴史こそ浅いですが、境内は内容の濃いい感じでした!

 

きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部について

 

きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部

 

報徳二宮神社の境内には、きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部等の飲食店が営業しております。

 

境内には、レストランもありますので、食事をとる事も可能です。

 

きんじろうカフェでは、昔、二宮金次郎も食べていたであろう「呉汁」という料理がメニューにあります。

 

呉汁(ごじる)は、日本各地に伝わる郷土料理になりまして、大豆を水に浸し、すり潰し、ペースト状にしたものを味噌汁などに入れた料理の具材になります。

 

すいとんに近い料理ですが、お豆腐の代わりに入れていた具材と言ったほうが正解かも知れません。

 

 

成人した二宮金次郎(二宮尊徳)の銅像

 

きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部の隣に、成人した二宮金次郎(二宮尊徳)の銅像が鎮座しております。

 

薪を背負いながら勉強していた少年が、こんな立派な青年になって、私はとても嬉しく思います!(上から目線でごめんなさい)

 

 

きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部の建屋

 

きんじろうカフェ・Cafe小田原柑橘倶楽部の建屋の様子です。

 

オープンテラスになっていて、落ち着いた時間を楽しむことが出来ると思います。

 

カフェメニュー以外にも、スイーツ等も充実してましたので、小腹が空いた時に良いかも知れません。

 

 

報徳二宮神社の鳥居

 

 2018年に、報徳二宮神社の鳥居周辺がリニューアルされて非常に綺麗になっておりました!

 

こちが正門になるんでしょうね~

 

駐車場周辺も綺麗になり、駐車しやすい感じに変わっておりました。

 

運転が下手な方も、きっと綺麗に駐車できると思います(笑)

 

まとめ

 

二宮尊徳(二宮金次郎)をお祀りする報徳二宮神社ですが、小田原城の隣にありますので、セットで楽しむのもアリかな~と思います!

 

二宮金次郎は、小田原の英雄であり、報徳精神を実践し、日本人があるべき姿を示してくれた偉人でもあります。

 

戦後教育の中で忘れ去られた存在でもある二宮金次郎ですが、その生き方は、今の時代に求められるものではないかな~と思ってます。

 

なぜ!?薪を担いだ人物の銅像が学校にあるのか!?

 

拝金主義は当たり前の時代ですが、報徳精神について考えさせられる時間になりました。

 

www.anzairen.com

 報徳二宮神社のすぐ隣に鎮座する、小田原城の梅のお花の様子と、小田原城址公園について書いた記事になります!

年中、何かしらお花が咲いていますので、散策におすすめです!